台湾は歴史が短い国家である

 

こんなことをいうと、読者は私が台湾を侮辱していると思うかもしれない。私は客観的事実を述べているだけであろう。むしろ国家としての台湾に誇りを持っている台湾人ほど、わが国の歴史は短い。と自覚しているのではないだろうか。台湾の記録に残る歴史は400年弱しかない。しかもオランダ、スペイン、鄭成功、清、日本、中華民国などなど台湾の歴史と言えば外国による支配の連続である。
 台湾のお隣の中国は4千年の歴史を持つ「文明大国」である。統一売国派の台湾人の中には我々もこの大中華文明圏に入りたいと思っている人もいることであろう。しかし国家というものはそう単純なものではない。
 世界を見渡してみよう。例えばアメリカも歴史が短い国である。しかしアメリカ人は何でもアメリカが一番と考えるほどの誇り高き、ある意味では傲慢な民族である。東南アジアのシンガポールの記録に残る歴史は1819年にスタンフォード・ラッフルズがシンガポールに上陸してユニオン・ジャックを掲げたときから始まる。シンガポールの歴史はいまだ200年に満たない。しかしシンガポールは歴史教育をしっかりと行っているし、シンガポール人は自分の国に誇りを持っている。オーストラリアだって18世紀後半にイギリス人が到達したことによって記録に残る歴史が始まる。しかも当初のオーストラリアとは犯罪者が流される流刑の地である。しかもオーストラリアは英語圏で大衆文化においては米英の影響が非常に強く、映画などは国産映画よりも米国映画のほうが圧倒している。しかもオーストラリアは独立国家としてもやや足りない部分があって、英連邦加盟国であるのはまあいいとしても、オーストラリアの国家元首はイギリスのエリザベス2世である。だがオーストラリア人は自分の国に誇りを持っていないのだろうか。それとも自分はイギリス人などと思っているのだろうか。アテネオリンピックにおけるオーストラリアの大活躍を見ると、オーストラリアは官民上げて国威発揚にとりくんでいるように見える。面積はでかいが人口2000万人、歴史は二百数十年のオーストラリア国民が、自分の国を世界にアピールしようとしているのだ。
 台湾の歴史はオーストラリアより長く、人口もオーストラリアより多い。台湾人が自分の国、ならびに自分の国の歴史に誇りがもてないはずはない。
 ひとつ重要なことを話したい。歴史とはその時代に生きている人々が築いていくものである。今我々日本人は日本という国の歴史の1ページを築いている真っ最中であるし、これはどの国の国民にも言えることである。台湾人も今台湾の歴史を築いている真っ最中なのである。それに考えようによっては歴史が短い国ほど、今自分たちが生きている時代の重みが増すのである。日本人である私にとって、私が生きている時代は日本の歴史の中のほんの一部分に過ぎない。しかし台湾人にとっては今生きている時代が台湾市にとって重要な一部分を占めていると解釈できる。
しかも台湾の場合、他の国と少し事情が違う。台湾は今新国家建設の渦中にある。中華民国(Republic of China)という国家に代わって台湾共和国(Republic of Taiwan)という新国家を建設しようとしているのだ。これは日本で言えば明治維新に匹敵する激動の大変革の時代である。いいや、明治維新の場合、江戸幕府が滅びて、明治新政府が誕生すると言う、いわば革命が起こったわけで、新しい国家が誕生したわけでも、国名が変わったわけでもない。
 激動の時代とは永遠には続かない。ある程度の波はあるが、50年も100年も激動の時代が延々と続いたりはしない。50年後の台湾が新国家建設の渦中で各派が国家像について激しい議論を交わしているとは思えない。21世紀初頭の今がちょうど、台湾史上に残るもっとも重要な激動期なのである。きっと後世になってそのように回顧されることであろう。70年代前半に生まれた私は、そのような激動期を経験していない。すでに物心ついたときには高度成長期も終わったので、生活のめまぐるしい変化も経験していない。ある意味では台湾がうらやましくもある。
 台湾人は今、台湾史上最も激動の時代を経験している生き証人としての誇りを持とうではないか。そして台湾人自らの手で自分たちの国家の歴史を築いていくのである。

 

  


 

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