台湾共和国の言語政策をどうするか。

台湾についてすでにいろいろなことを述べてきた。あまり長い前置きはいらないと思う。ここで一つだけ前置きとして加えることがあるとすれば、1945年以降台湾は中華民国によって支配され、台湾は中国の一部分であるという前提のもとに教育が行われてきたことである。今でも建前としては残っている。しかし中華民国体制は末期的症状を迎えている。台湾は歴史的な革命の真っ只中にいる。まもなく台湾共和国と言う新しい国家が誕生しようとしている。
さて、教育は国づくりの根幹をなすものである。東アジアの日台韓中4国はいずれも教育がゆがんでいる。日本は反日教育のせいで国民の多くは日本はだめな国だと信じ込み、自身をなくしている。ただし最近やや改善の兆しが見られる。韓国と中国は強烈な愛国教育のため、恐るべき傲慢な国民を育て上げた。特に中国の愛国教育は恐るべきもので、中国は偉大な文明国で、まあそれはいいとしても、周りの国は取るに足りないカスみたいな国だと思っている。日本人にもアジア諸国を取るに足りない国として見下す傾向は若干あるが、日本の場合、最近は改善傾向にあるし、なおかつ日本自身の優越感が強くない分ましである。中国の諸外国に対する優越意識と差別意識は強烈である。ある中国人は日本に留学に行く直前、親戚から「日本?何であんな小さな国に行くの?中国のほうがいいでしょ」と言われたらしい。
さて、台湾は四カ国の中でも最も教育が歪んでいる。なんといっても、台湾を違う国の一部分として教育してきた国である。このような国を私はほかに知らない。
だが、それほど遠くない将来、中華民国体制が終わりを告げ、台湾共和国が誕生することが明白となっている今、教育を根本から考え直さなくてはならない。特に言語教育は極めて重要である。このようなことは、日本人である私が考えることではないかもしれない。とはいえ、自分が作ったサイトで何を言おうと自由である。私は大学院時代に東南アジア諸国の言語政策を研究した人間でもある。台湾の教育について考えて見たい。
 まず真っ先に思い浮かぶのが「国語」という名称。私はずっと以前から違和感があった。この言語は日本、台湾、中国、東南アジアなどでそれぞれ名称が異なっている。中国語、国語、漢語、普通話、中国話、中文、華語など。基本的にどれも同じ言語と考えてよい。それにしても国語とは奇妙な言い方だ。国語とはその国の言語のことである。日本であれば日本語、タイであればタイ語、カンボジアであればクメール語、ベネズエラであればスペイン語である。国語はその国によって違う。必然的に言語の名称として国語というのは不適切ではなかろうか。
 私が最も適切であると考える名称は「華語」である。実際一部の台湾人はそのような言い方をしている。華語とは主に東南アジアの華人の間で使われている。自分は華人であるが、中国人ではないという意味あいがこめられている。台湾とはシンガポールと似たような華人中心の移民国家である。島国と言う点でもシンガポールと共通している。必然的に華語という名称が最もふさわしいのではないかと思われる。
 教育における共通言語をどうするかという問題があるが、これについてはやはり華語しかないのではなかろうか。台湾では中国やシンガポールよりも「方言」に対するこだわりが強いような気がするが、共通の教育言語としてホーロー語(台湾語)を用いるのはやはり好ましくない。そもそもホーロー語には表記法が確立していない。現在研究中であるが、研究者の数ほど意見があるとも言われ、表記法の確立には時間がかかりそうである。しかもホーロー語を共通の教育言語として定めようとした場合、客家人、大陸人(外省人)、原住民などが反対する可能性が大きく、エスニック・グループ間の対立が懸念される。国際性や利便性を考えても華語教育がもっとも望ましいのではないか。華語で教育したからといって、台湾が中国の一部分であり続けるわけではない。英語はイギリス、アイルランド、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドで教育言語として用いられているが、これらの国がアメリカの植民地であると言うことではない。中南米諸国はほとんどがスペイン語圏であるが、いまだにスペイン領というわけではない。台湾は多様な民族、言語からなる国家であるが、その多民族をまとめるためには華語が最も適している。台湾の社会的状況を考えた場合、シンガポールみたいに英語を国民の共通語にするわけにはいかないであろう。
 では各グループ間の言語に対してはどのようにすべきであろうか。まずは原住民の言語についてであるが、現在台湾の原住民は12種類に分類されている。いずれもオーストロネシア系に属しているが、それぞれの言語は英語とロシア語ほど違うとも言われている。人口は合計で40万人程度である。かつては台湾全土に少数民族が暮らしていたが、平埔族と総称される平地で暮らしていた原住民は事実上華人と同化して絶滅に等しい状態である。生蕃と総称される12の原住民についても政府が本気で保存に取り組まなければ言語が消滅してしまう可能性もある。現在世界中には6千の言語が存在していると言われているが、その多くが絶滅の危機に瀕している。言語とは人類が生み出した最高の無形文化遺産である。我々人類が責任を持って保護し、発展させていかなければならない。
原住民に対する教育は、基本的に共通語である華語を教育言語としていいと思うのだが、それと同時に第二言語として各民族の言語による授業も行わなければならないであろう。これについてはあとで、他の言語とまとめて述べたいと思う。
とにかく重要なことを原住民の言語を維持し、発展させることは政府の責任である。特に台湾の独自性を強調するためには原住民の存在は極めて重要である。政府が積極的に予算を出し、教師を育成すべきである。原住民は人数が少ないので、必然的に学生数も少ないであろうが、教師に対しての財政面での援助も欠かせない。
原住民の全ての言語について、資格試験のようなものを実施してはどうだろうか。資格を取ったものには、原住民言語の教師になれる。または、資格がないものと比べて給与面で優遇される。そうすれば、学業年齢を過ぎていて、原住民言語を忘れてしまった原住民や、原住民言語に興味を持つ華人系民族に対する教育も行える。この手の学校は公営でも民営でもどちらでもいいが、授業料や受験料では赤字になる公算が高い。もちろん政府が財政的に保護すべきである。
さて、人口の98%を占める華人系言語についてである。一般的に中国沿海地方南部の各種言語は単なる中国語の方言と見なされやすい。だが、言語学的に見ればこれらはもはや方言ではくくれない。中国の場合、内陸部の陝西省、四川省、雲南省などの方言(もちろんほかにもいろいろな地方の方言がある)は、確かに中国語の方言と見ていいのだが、福建省、広東省あたりで話されている言語はもはや方言とは言いがたい。中国語とは別の言語である。したがって、当サイトではホーロー語や客家語を方言とはみなさない。
まずホーロー語についてである。この言語は中国では閔南語、東南アジアでは福建語と呼ばれる。台湾では台湾語と呼ばれることが多いが、台湾語という名称には問題があるであろう。台湾語といったら、では客家語や少数民族言語はどうなるのか、ということになってしまう。最近ではホーロー語という言い方が主流になりつつあり、この呼び方が台湾に最もふさわしいであろう。また、台湾のホーロー語は50年間の日本統治時代により、日本語の影響を強く受けている。例えば、自転車は中国では「自行車」だが、台湾のホーロー語では「自転車」である。このようにホーロー語と中国の閔南語は全く同じとはいえない。
ところで、ホーロー人は台湾の人口の約70%を占めている。だからといってホーロー語を国の国語、共通語とすることは台湾の事情から考えてふさわしくないであろう。表記法が確立していないと言う問題も大きいが、やはり客家人、大陸人、原住民の納得が得られるとは思えない。やはり、華語を共通言語としたうえで、ホーロー語を第二言語とすべきである。
表記法については、現在様々な研究がなされており、今後に期待したいものである。ホーロー語はその全てが漢字で表せるわけではないことが一つのネックとなっている。漢字表記できない部分についてどうすべきかについては現在、大きくわけて、三つの主張があるという。一つは漢字表記できない部分をローマ字で表すもの。漢字ローマ字まじり文ということになる。もうひとつは漢字表記できない部分を日本語の片仮名をあてるもの。三つ目は何が何でも漢字をあてるというもの。この場合、新たにいくつかの漢字を創作することになる。私は個人的に漢字ローマ字まじり文が、一番効率的で、しかも台湾の特徴が際立っていいのではないかと思うのだが、さすがに日本人の私がここまで踏み込んだ主張をする必要はないであろう。
客家人は台湾の人口の15%を占める。原住民言語よりは多いが、ホーロー語と比べるとかなり少ない。すでに客家語が話せなくなった客家人も多い。90年代に入り、台湾語が復権し、台湾語の歌謡やドラマが旺盛となっていくのを複雑な目で見る客家人も多かったようである。民進党の支持率が客家人の間でいまいち低いのもその辺の影響があるかもしれない。だが民進党政権下に入って、客家語も再び復権の兆しを見せ始めている。2003年に客家語チャンネルが開設されたのは象徴的な出来事である。客家語のドラマや客家語のニュース、客家語で英会話を教える番組などが放送されている。客家人は台湾に300万人はいるわけで、これだけの人口がいれば、十分維持、発展が可能である。客家語についても政府の財政出動による支援を惜しんではならないであろう。
さてさて、全ての台湾人における第二言語教育であるが、これについてはシンガポールの例が参考になるかもしれない。シンガポールでは英語、華語、マレー語、タミール語の4つが公用語に指定されており、以前はそれぞれの言語で授業を行う初等・中等学校が存在したが、80年代にタミール語学校とマレー語学校は入学者がいなくなって消滅し、華語学校も90年代前半に消滅した。現在、全てのシンガポール人は小学校1年生の段階で英語学校に入学する。その一方で第二言語として華人は華語、マレー人はマレー語、インド人はタミール語の授業がある。
これと似たような感じで、台湾でも基本的には華語での授業を行い、さらに第二言語としてホーロー人にはホーロー語、客家人には客家語、原住民には原住民の言語を教えるべきである。いずれも表記法が存在しないが、会話や発表などができる能力を養うべきである。ホーロー人でさえ、台北あたりでは華語しかできない者も多い。台湾独自の言語を絶対に絶やしてはならない。
さらに私が提案したいのは、大陸人に対しても第二言語としてホーロー語、客家語、原住民言語のいずれかを必修とさせることである。もちろん三つのうち(実際には原住民言語は12種類あるので、合計で14種類あることになる)どれか一つを自由に選択できるが、必ずどれかを選択としなければならない。このような第二言語教育を小学校一年生の段階からしっかりとすべきではなかろうか。大陸人から反発を受ける可能性もあるが、ホーロー語を共通言語とするのではなく、あくまでも第二言語の地位であるので、これさえも納得できない大陸人は台湾から出て行くべきであろう。実際に台湾共和国が建国したら多くの大陸人が中国に移住するものと思われる。
更なる提案は複数選択を可能にすることである。人によってはホーロー語も客家語も習得したいと言う人もいよう。そういう場合は、中学校入学、もしくは高校入学時点で新しい言語を初歩から学べるクラスを設置すべきである。
すでに台湾ではホーロー語や客家語のテレビ番組がさかんであり、地下鉄の車内放送も華語、ホーロー語、客家語、英語で放送されるなど、かなりの部分、多言語社会を実現している。台湾の場合、華語以外は表記法がないので、シンガポールのように4つの言語による看板があちこちに並んでいたり、本屋で各言語の書籍が並んでいるような状況を実現するのは難しいと思うが、今後も多言語化を促進し、台湾を魅力溢れる国にしてもらいたいものである。
ものごとには、改革していくべきものと、変えてはならないものもある。例えば台湾で用いられている繁体字は全く変える必要はない。シンガポールやマレーシアの華人社会では中国に倣って簡体字に変えてしまったが、台湾がまねする必要は全くないと思う。また、発音表記に用いる注音字母も今のままでいい。中国のようにピンインを用いる必要は全くないと思う。


 さてさて、ここまで、言語教育について述べてきたが、最後に社会化教育、主に歴史教育について簡単に述べたいと思う。台湾では1945年以降、中国の歴史が教えられてきた。90年代後半以降台湾の歴史も教えるようにはなったが郷土史と言う位置づけである。それでも台湾史は確実に重視されるようになってきており、台湾の教育部は2年後には台湾史と中国史の割合を1:1の割合にする方針であると言う。
今後歴史教育はどうすべきであろうか。結論から言えば、中国史は全廃して構わないと思う。たった400年の台湾史だけではなんとも心細い、と思うかもしれないが、シンガポール、オーストラリア、アメリカ、カナダ、アルゼンチンなどなど台湾と同じ程度かそれ以上に歴史が短い国はいくらでもある。400年もあれば十分教育は可能である。もちろん中国史よりは台湾史のほうが教える側も学ぶ側も楽であろう。それでいいと思う。台湾人に中国史を教えることは学生たちの負担を増すだけである。どうせ世界史の授業はあるのだから、中国史は世界史の一部として教えればよい。
ただしこれには移行期間が必要であろう。何事も急激過ぎる変化は好ましくない。仮に2008年に台湾共和国が誕生したとして、その年から中国史全廃ということになると、中国史教師の失業問題が深刻となるであろう。だいたい5〜10年程度の移行期間を経て中国史を廃止の方向に持っていけばよい。
学者が中国史を研究するのは大いに結構なことで、今後も台湾における中国史研究は促進していくべきである。日本でも学者による中国史研究は非常に盛んで中国史に関する書籍、論文は膨大にある。台湾でもすでに中国史研究はさかんであるが、なんといっても台中両国は同じ言語圏に属するのであるから、両国の学者が協力して中国史を研究するのは好ましいことである(もちろんすでにそうしていると思われる)。
また、台湾人が中国に憧憬の念を持つこと自体、悪いことではない。日本人だって中国にあこがれる人が多いくらいである。東トルキスタン、カザフスタン、ウズベキスタンなどの人々にとってトルコは憧れの国である。ロシア連邦内のブリヤート共和国やカルムイク共和国の人々にとってモンゴルは憧れの国である。中国に憧れを持つことと、自分は中国人だと思うことは別問題なのである。
当然ながら、台湾を武力行使するなどと脅迫してくる現状では憧れよりも憎しみのほうが強くなるのが自然であろうが。

台湾人ではない私がずいぶんと偉そうなことをのこのこと述べてしまったが、あくまでも私個人の意見である。

 

  

 

 


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