2004年を振り返る

2004年が終わった。今年は日本にとっても台湾にとってもいろんな意味で重要な年であったのではなかろうか。2004年はロシア、イラン、韓国、ギリシャ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、香港、アメリカなどの国々で選挙が行われ、まさに選挙尽くめの年であり、日本でも1回、台湾でも2回行われた。この2004年を日本と台湾を中心に振り返ってみよう。2004年は自衛隊のイラク派遣、度重なる人質事件、年金問題で政界が大揺れ、拉致被害者の家族の帰国、新潟県の地震、などなど様々なことがあったがこういうことは置いといて私の独断で語らせていただく。

1月1日 小泉首相が靖国神社に参拝

首相就任以来4年連続の靖国参拝である。終戦記念日を避けていることに不満は残るが一応評価はできる。

2月28日 台湾で250万人による人間の鎖
事実上のデモ活動と言って良い。人口2300万人の台湾で250万人が集まり、島の北部から南部までを手をつないだ。バルト三国で1990年に行われた人間の鎖に匹敵する、世界史上最大規模のデモ活動である。これはもちろん台湾の歴史のみならず、世界の歴史に残る一大事件である。台湾人の全てが独立を望んでいるわけではないとはいえ、もはや中国が目論む統一は不可能であることがはっきりしている。ちなみに中国では、お隣で行われた世界史上最大規模のデモについて全く伝えていない。報道の自由度が167か国中162位であり、フセイン時代のイラクよりもひどい封建独裁国家であるからいたしかたないか。

3月20日 第三回台湾総統選挙で陳水扁総統が再選
前日に陳水扁総統が銃撃されるという不幸な事件がおきたが、幸い、陳水扁氏が僅差で勝利を収めた。しかし差がわずか0.228%しかない大激戦であり、これまた台湾史で特筆すべきものであろう。

6月14日 ワールドゲームスの高雄開催が決定
高雄は2002年のアジア大会に立候補しながらも、1995年の投票では釜山に大差で破れ、2001年のユニバーシアードではほぼ開催が決定していながらも、直前に中国による妨害で結局落選してしまった。ワールドゲームスはそれほど知名度が高くないとはいえ、台湾初の総合的国際スポーツ大会であり、その意義は小さくない。今後はユニバーシアードやアジア大会の開催をも目標にしてもらいたい。台湾であれば十分に開催能力があるはずだ。

7月 日本の参議院選挙で共産党が大幅に後退
自民党が後退し、民主党が躍進したが、あまりそれは重要ではないと思う。私が重視したいのは日本共産党が改選議席を15から4に激減させたことである。親中売国の左翼政党はもはや日本で受け入れられなくなっており、これは日本の有権者が以前と比べて成熟してきたことを意味する。ただし私は民主党には到底政権を任せられないと思っている。民主党には西村慎吾やその他幾人かの頼もしい議員がいるが、岡田、管などは明らかに売国奴であり、このような輩が牛耳っている限り民主党には政権を任せるわけにはいかない。消去法で言えばやはり自民党しかないであろう。


8月 中国で開催されたアジアカップサッカーで、猛烈なブーイングの嵐の中、日本が決勝で中国を破って優勝。
日本が猛烈なブーイングの中で見事優勝したことはもちろん喜ばしいことなのだが、これはあくまでもスポーツの結果なのだからあまりとやかく言ってもしょうがない。重要なのは中国人サポーターの猛烈なブーイング。今回はテレビでも盛んに取り上げられ、中国の猛烈な反日感情が日本の世間にも知られるようになった。このアジアカップは日中関係の大きな転換点になるように思えてならない。以前から多くの日本人の間で反中感情が高まっていたが、今回のアジアカップによって、全国民規模で中国に対して悪いイメージを持つようになったであろう。今後、中国への投資や観光客の減少といった形で中国が手痛いしっぺ返しを食らうに違いない。

8月 アテネオリンピックで台湾史上初の金メダル
台湾はアジア大会では中国、韓国、日本、カザフスタンに次ぐ5強の一角であるが、なぜかオリンピックでは好成績を残せなかった。今回、史上初めて金メダルを獲得したことは、単にスポーツの結果以上に重要である。台湾はこの数十年間国家としてのアイデンティティーに悩み続けている。台湾は国家なのか、国家ではないのか。台湾が世界的に見ても優れた経済大国であることは間違いのない事実であるが、それにしても国家としてはあまりにも物足りないと思っている台湾人、中国人、その他の外国人は大いに違いない(私自身はそうは思わない)。すなわち、歴史があまりにも短い、歴史的遺産があまりにも少ない(実際に台湾を訪れれば決して名所旧跡は諸外国と比べて少なくはないのだが)、世界遺産が一件もない、スポーツ大会の開催経験が少ない、外交的に孤立している、などなど。こういった事実にコンプレックスを持っている台湾人も少なくないであろう。しかし台湾には世界最高層の超高層ビルがあり、世界屈指の博物館があり、人口は世界34番目であり、民族構成は華人のほか12種類の少数民族がおり、外貨準備高は世界4位であり、首都には地下鉄も通っており、今年(2005年)には新幹線も開通予定と、決して中身の薄い国家ではない。今回のオリンピックでの金メダル獲得によって、台湾の国家としての深みがさらに増したといってよい。次回の北京オリンピックではさらなる活躍を期待したい。

8月 アテネオリンピックで日本が史上最高の成績
 70年代以降落ちる一方だった日本のスポーツ界だが、今回急成長を遂げ、金メダル16個、合計で37個と、史上最高の成績をおさめた。スポーツの成績が経済に結びつくものではないが、日本全体が明るさを取り戻しつつあるように見える。

9月26日 日本人台湾独立促進会発足 
 手前みそで恐縮だが、サイト発足から3ヶ月あまりでアクセス数は8千を超え、個人サイトでは比較的堅調といえる。掲示板も盛況で、日本人の台湾に対する関心の高さが窺える。今までこの手の個人サイトはなかったわけではないが、非常に少なかった。特に掲示板は少なかった。日本人が台湾の政治問題について自由に意見を述べられる掲示板が誕生したことの意義は大きいであろう。

11月2日 アメリカ大統領選挙でブッシュが再選
アメリカの共和党が民主党よりも対日関係を重視していることは言うまでもない。特にブッシュと小泉の関係は良好であり、ブッシュが再選されたことは日本にとっては好ましいことであろう。台湾から見ても、伝統的に共和党は台湾を重視する傾向があり、民主党は中国を重視する傾向があることから、ブッシュ再選は好ましい結果であった。中国政府はひそかに悔しがっているに違いない。とはいえ、最近のアメリカ政府は中国よりの発言が目立ち、とりあえず民主党政権よりはましといった程度だろう。

11月17日 ワールドカップサッカーアジア一次予選で中国が脱落
 サッカーというのは、中国人がめずらしく謙虚になる分野である。中国がいろんな意味で偉大で世界一だと思っている中国人も、サッカーの話になると「中国のサッカーはだめだ」と口をそろえて言う。今回、ワールドカップ予選で中国が一次予選で脱落したことは、中国人の誇りを大きく打ち砕く効果があったはずだ。

12月11日 台湾立法議会選挙で野党が過半数確保。
これまでいいことづくめのことを書いてきたが、残念ながら与党は過半数を確保できず、「敗北」してしまった。とはいえ、台湾本土派の得票率は約5%伸びており、中国派の得票率は0.1%増に過ぎないことから、若干の成果が見られる選挙でもあった。次の立法議会選挙(2007年)ではぜひとも50%以上の得票を獲得してもらいたいものである。

12月27日 李登輝氏が3年8ヶ月ぶりの訪日。
 立法議会選挙で台湾本土派が敗北したことから、意気消沈していたところで思いもよらぬ朗報が飛び込んできた。12月16日、日本政府が李登輝氏へのビザ発給を表明、21日に正式に発給し、27日に李氏の訪日が実現した。李登輝氏は総統時代に何度もビザ発給を断られ、2001年4月に16年ぶりの訪日を果たした後も2回訪日を断念してきた。日本政府の媚中傾向は相変わらずだが、今回ばかりは日本政府の決断を評価したいと思う。相変わらず中国政府の日本に対する嫌がらせはすさまじい。今後も中国(少なくとも中国政府)はますます日本人から嫌われることであろう。

こうしてみると、2004年は日本にとっても台湾にとってもそれなりに成果のある年であったことがわかる。もちろん2004年は決していいことばかりとはいえず、楽観は禁物である。ところで一方の中国では各地で暴動、デモが頻発するなど社会不安が増している。水不足や電力不足も極めて深刻で経済発展には大きな足かせとなっている。対日関係は悪化する一方で、本来ならば中国に最も好意的な国であるはずの日本が敵国となりつつある。2005年も日台両国の発展、および中国の低落は続くことであろう。

 

     

 

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