書評『台湾総統列伝』−「中立的視点」を斬る


 『台湾総統列伝』の著者である本田善彦氏は91年から10年以上にわたって台北在住の記者として台湾や中国を観察してきた。著書からは豊富な知識、優れた観察眼、さらには広範にわたる人脈などに裏付けられた膨大な情報が読者に伝わってくる。同書は台湾現代史を知るうえで大いに参考になる本である。
 ところで、この本で気になるのは蒋経国に対する評価がやけに高く、李登輝に対する評価が低いわけではないが、蒋経国よりも下位におかれていることだ。台湾のマスコミによるアンケート調査を引用して、実際に台湾人も経済建設や民主化の進展などにおいて蒋経国を最も高く評価していると主張している。しかしそれらのアンケート調査は聯合報やTVBSなどの典型的な中国派マスコミによるものである。
人間にはそれぞれの視点、立場、考えと言うものがある。例えば私ははじめから台湾共和国を建国すべしと考えているわけだから、北京に詣でて胡錦濤と握手する連宋にいい印象はないし、連宋の外見さえも醜いと感じる。そんな私にはある種の偏った視点があるのかもしれない。宋楚瑜は94年から98年の台湾省長時代に台湾省内の300以上の自治体を全て回り、確かに台湾で大衆的人気を誇る政治家である。それでも私は今後も宋楚瑜に好意的評価を下すことはないであろう。
 本田善彦氏の著書は極めて客観的、中立的と評価する人もいる。しかし私から見ればあまりにも「中立的視点」にこだわっているようにも見える。実際のところ、台湾や中国について語るとき、一見すると中立的と見える視点は実は大きく偏っていたりするものだ。中国の封建独裁体制、筆舌に尽くしがたい共産党の人権抑圧行為、中国国内の絶望的なほどの社会矛盾などを無視し、中国を日本や台湾やアメリカと同じような普通の国家と見なそうとしている。そのような視点で日中関係や台中関係などを語ると根本的に的外れな論理展開となってしまう。一般的に中国専門家や国際情勢専門家といわれる人たちには、このような根本的な認識不足に基づくでたらめな理論があまりにも多すぎるのである。
 今回は『台湾総統列伝』について論じるわけだが、第一章から第四章までは特に論じることはない。台湾の現代史についての貴重な情報に溢れており、蒋経国に対する評価が高すぎることを除いてはそれほど疑問に感じることは多くない。
問題は第五章「歪められた台湾像」である。90年代以降、日本人の台湾に対する関心は飛躍的に高まったとも言われているが、ようするにこの章で本田氏が言いたいのは、日本に伝わっている台湾情報が一方的に偏った視点に基づいていると言うものである。まずは日本に情報発信をする台湾人がおり、情報を受容してさらに他の日本人に伝えようとする日本人がいる。その過程で「日本統治時代肯定」「国民党独裁」「親日国家」「台湾独立」などの問題で一方的に偏った情報が日本に流布し、日本人の台湾理解を妨げているというものだ。そういう面も若干あるかもしれない。しかし私に言わせれば、一見客観的に見える本田氏の論説も、実は国民党系メディアなどに大きな影響を受けて偏った視点となっている。これから具体的に本文を引用して論じることにしよう。
 第五章は267ページから299ページに及んでいるが、275ページの「『台湾人意識』と『省籍情結』」あたりからだんだんおかしくなってくる。277ページの中段部分を引用してみよう。


李登輝、そして多くの台独派は、…(中略)…自他ともに「台湾人」を任ずる?南人のショービニズムに基づき、「亜流の中華意識」(台湾至上主義)にも似た新秩序の構築に乗り出す。


 台湾至上主義など初めて聞いた言葉だが、自分の国に誇りを持つこと、愛国心を持つことは全く当然のことであって、それを「〜至上主義」などということは、日本人(というより左翼日本人)に良く見られる反日意識の裏返しとして、台湾に誇りを持つ台湾人が至上主義と見えてしまうのではなかろうか。しかも「亜流の中華主義」とは極めて失礼な言い方で、中華主義には大国意識や周辺諸国に対する蔑視が伴っている。台独派に大国意識なんか絶対ないと断言していいし、周辺諸国に対しても、中国に対する敵意や軽蔑はあろうが、日本、韓国、東南アジア諸国などに対する蔑視は見られない。中華主義とは台独派が最も嫌うもので、「亜流の中華主義」などと評するのは彼らに対するこのうえない侮辱であろう。
 また279ページの最後の行から280ページには次のようなとんでも理論がある。


しかし、被害者のポジションを維持するためには、『本省人と外省人』、もしくは「台湾と中国」の敵対状態を常に再生産し続けなければならない。その結果、国民党(その多くは外省人のイメージに重なる)や中共などの「敵」が存在しなければアイデンティティーを維持できないという、パラドックスを抱え込むこととなる。対岸の分裂国家との統一を唱える一方、強烈な敵愾心を抱き続けねばならないと言うパラドックスは、蒋介石時代の国家認識にも内包されており、現在の台湾のあり方を考える上で、重要な問題だ。現段階で厄介なのは、「台湾人の敵」と認識されるもののうち、国民党や外省人が台湾内部の存在である点だ。つまり常に内部に敵を作り出すことによってアイデンティティーを確認しあうという、恐怖の構造がここに姿を見せる。


 引用の中で「国民党や中共などの「敵」が存在しなければアイデンティティーを維持できない」などというのはまさに詭弁だろう。台湾人アイデンティティーとはもともと日本統治時代に形成が始まったもので一世紀ほどまえから存在していた。国民党政権時代になって、被害者意識から台湾独立運動や台湾人意識が強まったことは事実であろう。とはいえ、自由と民主が実現した現在においても、台独派が勢いを増し続けているということは、「敵」が存在しなくなっても台湾人アイデンティティーは維持できると断言できると私は思っている。つまり、国民党などの中国派勢力が泡沫化したり、中共が台湾を放棄するか中共自体が滅亡しても台湾人アイデンティティーは維持されるし、それどころかより強化されるはずだ。むしろ国民党などの親中勢力や、中共の武力脅迫などによって多くの台湾人の台湾人アイデンティティーが押さえつけられているのが現実だ。
 「内部に敵を作り出すことによって」どうこうと述べているが、そもそも本田氏は民主主義の何たるかがわかっていないのではないかとさえ感じる。真っ当な民主主義国家の政治家や政党であれば「敵」が存在するのは当然のことだ。様々な勢力がそれぞれの主張をぶつけ合い、反対勢力を批判するのが正常な民主主義国家であり、日本でもアメリカでも韓国でもインドでもヨーロッパ諸国でもどこにでも見られる現象である。ちなみに私だって中国や国内の反日売国左翼の存在があるからこそ3つもサイトを運営するようになったのであって、仮にもしもアジアに中国や北朝鮮のようなならず者国家が存在せず、日本国内ではみんなの意見が全て正しい方向に全会一致して突き進んでいく楽園のような世界であるならば私はわざわざホームページなど作ることはなかったであろう。
 281ページの最後の行に「現実を前に、台湾住民はしたたかに立ち回っている。
とあるが、その具体例として282ページ3行目から一段落を引用する。


この台商、台湾から香港についた直後は「オレは台湾人。大陸は別の国」とビン南語交じりの中国語を話すが、香港と大陸の境界を越えた頃からビン南語が消え、大陸側メーカーとの商談では器用に大陸式の中国語をしゃべり、夜の宴会では「われらみんな中国人、祖国の栄えある未来に乾杯!」と音頭を取って見せる。そして商談を終え香港に近づくにつれ次第にビン南語が混じるようになり、香港から台湾に戻るときは「やはり台湾独立だ!」と気炎を上げるそうだ。一見マンガみたいな話だが、ここまで極端でなくても、器用に台湾人と中国人を演じ分ける−アイデンティティーをコントロールできる台湾住民は珍しくないという。


 本田氏の指摘ははっきり言って甘いと言わざるを得ない。果たしてその台商は「器用に台湾人と中国人を演じ分け」ていると言えるのであろうか。中国では中国人になり、香港では台湾人となるのは何を意味しているのだろうか。
いうまでもなく、中国とは共産党による封建独裁国家であり、言論・報道の自由など存在しない。表向き比較的自由に人付き合いや経済活動をしているように見える中国人だが、それは中国共産党に対して奴隷のように付き従うことを絶対条件とした上での「自由」なのである。この国では日中関係や台湾問題などになると極めて画一的でまるで魂を奪われたカルト宗教の信者のように皆同じような思考を持つようになる。このような環境の中で、彼らと少しでも違う意見を言うことは、向こうがカルトに洗脳されているのは明らかであるにも関わらず、まるでこちらがカルトに洗脳されているかのような扱いを受けてしまう。命の危険を感じることはないと思うが、例えば中国でビジネスをやる人間が、「台湾問題は台湾住民の意思によって解決すべきでしょうね」程度の穏健で常識的な発言をしただけでもビジネスに重大な支障が生じること間違いなしであろう。今こんなサイトを運営している私でさえも中国で暮らしていた三年間で、「台湾は中国ではない!」などとは到底発言できなかった。とにかく中国と言う独裁地域に身を置いたとたん、自由主義国家の人間の主張を口に出すことなど不可能になってしまうのだ。
 しかし、一世紀半に渡るイギリスの統治を経験した香港人はとにもかくにも自由と民主の素晴らしさを知っている。香港人であれば中国人よりもはるかに多様性や個人の考えや立場、自由というものを尊重できるに違いない。基本的に中国共産党というカルト宗教に毒されていない。当然ながら香港人の前では自分の考えを比較的自由に述べることができる。つまり、先ほどの台商の例では、香港では本音を述べ、中国では自分を偽っていると考えてほぼ間違いないはずだ。「器用に台湾人と中国人を演じ分ける」とは言っても、台湾、香港、中国のどこにいようと心の中では台湾人なのである。
 283ページから284ページにかけて、台湾人の主流民意が統一でも独立でもなく、圧倒的多数が現状維持であることを強調しているが、そもそもすでに台湾は、中国の支配を受けていない独立民主国家になったこと、国名変更や独立宣言などをすると中国共産党独裁政権による武力侵略を招く危険性があることを考慮に入れなければならない。本田氏にはその辺の視点が欠けているようだ。
 287ページの真中の文を引用しよう


陳水扁らは「台湾」という土地へのアイデンティティーを全面に押し出すが、連戦らは国家へのアイデンティティーを強調する。


 この文はいまいちわかりにくい。ここでいう連戦らが強調する国家とはなんだろうか。広い意味での中国か、それとも中華民国か、中華民国には中国大陸を含むのか、それとも台湾だけなのか、極めて曖昧である。陳水扁が「台湾」(なぜここで括弧がつくのかも不明)という土地へのアイデンティティーを全面に押し出すと言うのも不可解だ。陳水扁らは中共の武力脅迫によってはっきりとは言えないが、台湾共和国建国を目指しているはずだ。つまり土地へのアイデンティティーではなく、やはり台湾と言う国家へのアイデンティティーである。「台湾と言う土地へのアイデンティティー」と言ったらいかにも台湾が中国の一部と認めているようなものだ。むしろ「台湾という土地」を強調しているのは連戦らのほうだ。連戦らは中国意識が強いとは言っても、民主国家となった台湾では「愛台湾」を強調しなければ有権者の支持は得られない。これは台湾派、中国派全てに共通する課題である。つまり陳水扁らは台湾と言う国家を愛し、連戦らは中国の中の台湾と言う土地を愛するのである。
 288ページからは、日本から見た偏った台湾イメージについて述べられている。日本人の台湾観が偏ることになった原因として以下の三つが挙げられている。
@日本の右派勢力の「反共台湾」への期待が長期にわたって日本の台湾観を呪縛した。特に蒋介石の「以徳報恩」政策に日本の保守・右派勢力が取り込まれ、反共の急先鋒としての台湾に期待が高まったというもの。
A日本の知識層を中心に台独派の史観がほぼ無批判に受け入れられた。必然的に国民党に批判的になると言う、善悪二元論で台湾を論じるようになり、かつての戦後左翼が自らの理想をソ連、共産中国、北朝鮮などに仮託したことと一脈通じると言う。
B「親日台湾」に対する独りよがりな思い込み。日本の世論を可能な限り利用したいという李登輝や台独派の思惑があると同時に、耳障りの良い親日発言を台湾の主流世論であるかのように伝え、それを利用した日本側の姿勢にも問題があるといもの。
 では一つ一つ検討していこう。
 @かつての保守層の蒋介石賛美は現在ではかなり薄れつつある。現在台独派を支持する日本人の多くは李登輝政権以降に台湾に関心を持ち始めた者が多く、その世代は蒋介石に親しみを持つどころか、むしろ悪いイメージを持っている人が多い。とはいえ、反共というか、反中としての台湾に期待を持つ保守層が今でも多いことは間違いないであろう。私の考えでは、反中の裏返しとして台独を支持すること自体は構わないが、台独支持がいつまでも反中の裏返しのレベルに留まるのは好ましくない。つまり、反中がきっかけであっても構わないが、その後はより踏み込んだ台湾理解、知識の修得が必要である。
 Aについては、まず台独派の主張や歴史観に一定の誤り、もしくは偏りがあることが前提となる。仮に台独派の主張している内容がほぼ正論であるとすればそれを無批判に受け入れてもいいはずだ。もちろんここではそのような単純な論理を展開するつもりはないので、台独派の主張がどこまで正しいかは今後の議論や展開を見つめていく必要がある。それにしても戦後左翼の対ソ連、共産中国、北朝鮮賛美になぞらえるとは失礼千万と言うか、本田氏こそがまさに偏った独善的思考と言えないか。我々台独を支持する日本人は決して台湾を楽園とは見なしていないし、陳水扁ら台独派を全面的な「善」、連戦ら中国派(現状維持派)を(ヒットラーや毛沢東ではあるまいし)全面的な「悪」とは見なしていない。かつての共産主義独裁国家と違い、民主国家となった台湾では非常に多様な意見が存在し、善と悪、統一か独立、中国か台湾などという二元論でものを見ることは不可能である。国民党は本土派から中国よりの守旧派まで多様な層がいるわけだし、台独派の間でも、今現在の台湾が独立しているのかしていないのかで議論がまとまらず、今後の台湾の方向性でも議論百出である。こんなことくらい我々台独支持の日本人は当然のごとく理解している。
 Bの、日本の世論を利用したい台独派とは、李登輝氏を筆頭に、蔡焜燦、許文龍、黄文雄、金美麗、林建良、謝雅梅、などが挙げられるであろう。さらにそれを利用する日本人とは、司馬遼太郎、小林よしのり、阿川弘之、『SAPIO』、『台湾の声』編集部のメンバーなどが挙げられるであろう。台湾が親日であるがゆえに台湾を好きになったり台独を支持するようになった日本人は確かに多いであろう。しかし、台独支持の日本人は決して台湾を親日の理想郷と誤解しているわけではなく、台湾で反日教育が行われていることや、マスコミも日本政府に批判的なこと、台湾政府が尖閣諸島の領有権を主張し、首相の靖国参拝を批判していることなど当然のごとく知っているし、そもそもそういった情報は主に先にあげた親日台湾人からもたらされている。一面的な見方をしているのはむしろ本田氏のほうである。
 293ページの後ろから3行目には以下のようなおもしろいことが書いてある。


さらに判官贔屓の自己陶酔からか、当事者以上に激烈な言動を見せる日本人シンパもいるようだ。


 まさに私のことを言われているみたいで思わず苦笑してしまうが(『台湾総統列伝』が出版された時点で、まだ「日本人台湾独立促進会」のサイトは発足していない)、台独のためには当然ながら中国と対抗しなければならない。中国についてはあとで少し述べるが、中国に対抗するためには相当程度の激烈な言動及び、それこそ(もちろん平和的手段で)「戦い抜く」というぐらいの気合がなければ務まらないのだ。
 295ページ3行目では次のような侮辱的発言を展開している。


彼らの台湾論議は、とどのつまりは「誰が親日で誰が反日」という単純な二元論に落ち着く。その根底には「卸しやすい台湾住民」への密かな蔑視と、恐怖と蔑視がない交ぜになった大陸中国への呪詛の念が潜んでいるのではないか。


 我々が台湾を蔑視していると推測するなど、まさに本田氏が我々を蔑視しているとしか思えないような発言である。我々台独支持の日本人が本当に台湾を蔑視しているのであれば、李登輝氏や林建良氏らの活動家はいずれそのことに気づき、日本人の協力を求めなくなるであろう。

 「恐怖と蔑視がない交ぜになった大陸中国への呪詛の念」というのは少なくとも私個人に限って言えば正しい。ただし、「大陸中国」を「中国共産党」に置き換えて解釈してもらいたい。他の台独支持の日本人が中国に対してどのような感情を抱いているかは人それぞれであろう。
 295ページではさらに台独支持日本人が日本統治時代に対して肯定的評価を下していることを批判しているが、一般的に日本人保守層が求めているのは植民地統治に対する客観的評価であって、「善」だの「悪」だのと単純に割り切ろうなどと考えている人など滅多にいないはずだ。「台湾の近代化に貢献した」、「蒋介石時代よりかは良かった」ということはできても、「日本の植民地統治は善である」などと幼稚で単純な評価を下しているわけではない。日本時代にも台湾人に対する差別待遇や、泣く子も黙ると言われた官憲の横暴な態度などがあったことなど、少なくとも私は日本統治時代を客観的に見るように努めているつもりだ。

 ずいぶん長くなってしまったが、今回取り上げた本田善彦氏の著作は、一見すると中立的視点に基づいて書かれているようだが、実際のところ特に第五章ではかなり幼稚で一方的な解釈に基づいて論述していることがわかる。どこに問題があるのか。これは本田氏に限らず、テレビ、新聞、出版物など多くのメディアに共通して見られる現象だが、中国に対する無理解、認識の誤りが原因として挙げられる。中国を客観的に見ようとするあまり、実際には大幅に偏った視点で論述しているメディアやジャーナリストがあまりにも多いのである。
 四千年の歴史を誇る中国には確かに我々日本人を魅了する要素も数多く存在するが、政治的観点から見れば中国を支配する中国共産党政権とは、反右派闘争、大躍進、文革などの数々の運動で八千万人の中国人を大量殺戮し、チベットや東トルキスタンで破壊と残虐の限りを尽くして現在でも植民地支配を継続し、台湾や尖閣諸島や南沙諸島の侵略を目論み、底なしの不正、腐敗を引き起こし、経済構造を徹底的に歪め、絶望的なほど自然環境を破壊し、強烈な反日教育でなんとか政権延命を図るなど、詳しく話そうとすると本数冊分にもなりそうだが、とにかく中国共産党はあらゆる悪に悪を塗り固めたような極悪殺人集団である。このような凶悪殺人集団が統治する国家との友好関係を標榜することは間違いなく正義に反し、悪に加担する行為であるし、ましてや統一を標榜することなどアジア全体を恐怖に陥れるものである。
 ここで台湾問題や中台関係について「中立的」に見ようとすることで様々な誤解と偏見が生ずるのである。陳水扁政権は中国との関係に苦慮しているが、そもそも対中関係改善など考えること自体不必要であるどころか正義に反する行為だ。日中関係など中国に関するあらゆる問題にも同じことが言える。中国共産党が支配する中華人民共和国をまともな外交相手を見なしてはならないのだ。台湾の国民党や親民党が中国との接近を試みているのも本来ならば大いに批判に値するはずである。しかし中国の経済発展に目がくらんでしまったのか、中国共産党の暴虐的特質に気づかないか目をつぶろうとする日本人や台湾人があまりにも多い。
 台独派や日本の保守層が中国を敵視しているのは、むしろそれこそが中国に対する客観的で正確な視点であって、それを偏っていると見なすこと自体偏っていると言わざるを得ない。
 また、台湾の世論調査で現状維持が多数を占めるのも、中国から執拗に武力脅迫を受けていることを忘れてはならないし、このことに対し我々は倫理的、道徳的観点から言えば、もっと中国に対して厳しい視線を注がなければならない。
 本田氏にはこの辺の視点が根本的にかけている。中国が台湾を自国の一部と主張し、武力で脅迫していることに対して道徳的な疑問を抱かないようであれば、さらには中国共産党の暴虐的特質に疑問を抱かないようであれば、中国や中台関係、さらには日中関係に対する正確な理解などはじめから不可能である。これでわかるとおり、本田氏やその他多くのメディアやジャーナリストが陥っている「中立的」なようで実際には大きく偏った視点で論述してしまう傾向とは、多くの場合中国に対する無知と無理解から来ているのである。

 

     

 

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