世間、世論について考える


 現代人は仕事や学業や友人・恋人とのつきあいなどに日々追われている。サラリーマンであれば、(もちろん人それぞれ事情は異なるが)朝から晩まで全力で仕事に打ち込み、へとへとになって帰宅する。残業も当たり前。休日出勤も珍しくない。休日も常に翌週の仕事への圧力が脳裏に横たわっている。一体我々日本人にとって、世の中のこと、国家のことをどれほど考える余裕があるだろうか。
 当然ながら人間は人それぞれ余剰時間も異なれば、趣味や関心事も人間関係も何もかもが違う。1億3千万人の日本人は人それぞれ異なる情報を入手し、異なる考えを持つようになる。世の中には情報が溢れている。テレビ、新聞、雑誌、書籍、インターネット、広告、チラシ、他人との会話、日常生活で気がついたこと、ありとあらゆることが情報である。世の中で発信される全ての情報を入手し、消化することは不可能である。どうしても人それぞれの好みや事情に応じて取捨選択をしなければならない。その中には、数千万単位で関心を持たれることもあれば、数万人、数十人程度にしか行き渡らない情報もある。
 全国数千万人規模で関心を持つイベントとしては4年に一度のワールドカップサッカーが挙げられる。普段はサッカーやスポーツ全般に興味のない人が、この時に限ってはテレビのサッカー中継に釘付けとなり、学校や会社でも人々の話題に上る。ワールドカップに出場した選手、特に活躍した選手は数千万人の日本人から顔と名前を覚えられるのみならず、世界中の数十億人の記憶に留まるかもしれない。
 いろいろと具体例を挙げているときりがないので話を先に進めることにするが、現代人の関心事、及び現代人が入手する情報に最も大きな影響を与えているのは間違いなくテレビであろう。ゴールデンタイムに放送されるドラマやバラエティ番組、その他様々な番組が現代人を釘付けにし、様々な流行を生み出している。テレビの影響力と言うのは巨大である。一つのテレビ番組が数百万人の国民の食生活やファッションやレジャーや、様々なライフスタイルを動かすこともあるのである。
 ここで一つ、知名度というものについて考えて見たい。一般的に知名度が高いと言うのはどの程度のことを言うのか。それぞれの状況によって全く異なっている。例えば芸能人の場合、数千万人から名を知られていることは珍しくない。百万人程度の知名度では、芸能人としてマイナーな部類に入るであろう。サッカー選手の場合、一千万人の知名度があればそこそこ一流と言っていいかもしれない。小説家であれば500万人の知名度があれば充分だろう。大学教授であれば百万人の知名度があれば一流と言えるかもしれない。さて、一般人の場合、その知名度は数百人からせいぜい数千人程度ではなかろうか。数万人の知名度があれば驚異的な数字であり、普通に学業や業務や友人づきあいをするだけでは到底及ばず、何らかのメディア媒体に露出する必要がある。このように知名度の基準と言うのは様々である。ブッシュやフセインのようにそれこそ数十億人から知られている超有名人もいる。
 さて、そろそろ話を政治分野に持って行きたいと思う。ワールドカップサッカーや亀田興毅の世界防衛戦やゴールデンタイムのドラマやバラエティに比べて、政治問題というのは人々の関心を集めにくい分野である。私の職場では安倍新総理が就任したときも、北朝鮮が核実験をしたときも全く話題に上らないくらいだ。とはいっても世の中の森羅万象の中では政治分野はむしろ人々の関心が高いほうかもしれない。多くの場合、ニュースのトップと新聞の一面を飾るのは政治の話題である。少なくとも文学や宗教や自然科学よりも関心を持つものは多い。
 政治とは言っても、その情報量は膨大である。我が国には722人の国会議員がおり、毎年数百の法案が国会で審議されている。さらに全国47都道府県と1800の市町村に首長がいて議会がある。それらを全て把握することは到底不可能である。一般的にテレビで報道されるニュースとは、広大な砂漠から砂粒を拾うようなものだ。国会で審議される法案も、722人の国会議員の日々の奮闘振りも、ほとんどの国民の目や耳には届かない。しかもテレビはネガティブな報道に偏りがちなので、多くの国民は政治家という職業に不信感を抱いている。ひどい人になると、国会議員や大臣とは国民のために何もしておらず、国家予算とはほとんどが無駄に使われていると思い込んでいる人も少なくない。テレビ番組の限られた放送時間内で、ごくわずかな事象しか取り上げることができないのは致し方ないことではあるが、やはり現代のニュース報道は国民に誤解を与えていると思う。国会では国家、社会、国民生活に変わるありとあらゆることが議論されている。近代国家ではありとあらゆることが法律によって規定されている。道路交通も医薬品もインターネット接続もマンション建設も店舗経営も海外旅行も学校教育もありとあらゆることが、私たち国民のよりよい生活のため、国会で議論され、法律が制定されたり改正されたりするのである。そのために政治家と官僚が膨大な時間と労力を国家、国民のために費やしているのであり、当然我々国民は近代的文明生活を営むために税金を払う義務がある。ニュースでは400億円の税金が無駄遣いにされたと騒いでいるが、確かに膨大な金額であって許されざるものだが、国家予算全体から見れば99.95%の税金は有意義な目的のために使われたことになる。
 政治分野に限っても実に膨大な事象が存在するわけだが、そのなかでも国民の関心が高いニュースとして北朝鮮による拉致問題や核実験の問題がある。今やほとんど毎日のようにテレビに北朝鮮が登場する。北朝鮮は世界で最も謎に包まれた国と言われているが、少なくとも日本人にとっては北朝鮮に関する情報は膨大である。日本でグレナタやスリナムや赤道ギニアやモーリタニアやモルドバについての情報を得るのと比べれば、北朝鮮についての情報のほうがはるかに得やすい。北朝鮮とは日本のすぐ隣の国であり、なおかつ世界最悪のならず者国家である。暴力団よりももっと悪質な犯罪集団が国家となっているようなもので、日本のメディアで連日大々的に取り上げられるのは当然である。日本政府は近年、拉致問題を世界中に関心を持ってもらうべく努力し、一定の成果を挙げている。海外のマスコミにもしばしば登場し、国際会議では北朝鮮に対する非難声明が何度も出されている。多くの諸外国が日本に対し理解と同情と関心を示してくれている。とはいっても、少なくとも外国の国民レベルにまでこの拉致問題が認知されているとは考えないほうがいいだろう。これは我々日本人が世界の人権問題にどれほど関心を持っているかを考えてみればわかる。中国共産党の法輪功学習者に対する生体臓器摘出問題、スーダンのダルフールで行われている大量虐殺などについてどれほどの日本人が知っているであろうか。多くのイスラム教徒にとっては北朝鮮の拉致や核実験に対する反発よりも、アメリカのブッシュ政権に対する憎悪のほうが桁違いに強いであろう。ありとあらゆる情報が、ありとあらゆる情報の洪水によって押し流されていってしまう。
 とはいっても、政治というのは必ずしも数千万の全国民規模で関心を持つ必要はない。医薬品に関する法律は医療関係者、薬剤師、専門の官僚が関心を持てば充分であって、大多数の国民は国会でどのような審議が成されたかを気にせずとも薬局で薬を買うことができる。自動車の横幅が法律で2.5メートル以内に制限されていることなど、大多数の国民は知らなくても自動車に乗ることも買うこともできる。特定の政治問題に対し、国民の10人に一人が関心を持っているとすると、1300万人と言う膨大な人数になる。1300万人が行動を起こせば超巨大なパワーとなる。ありとあらゆる森羅万象にいえる事だが、国民の100人に一人であっても、それは130万人という巨大な数字である。ある本が130万部売れれば、その本の著者には数年間生活していけるだけの印税が入り込む。100万人がデモを起こせば政府を転覆させることも可能かもしれない。つまり、我々が何らかの問題に取り組み、行動を起こすとき、ワールドカップ日本対ブラジル戦の時のほど大勢の国民から関心をひきつける必要はないのである。
 今日のような高度情報化社会の場合、世論というのは国民全体とは考えないほうが良い。
 私は李登輝友の会と台湾研究フォーラムに所属し、日本人台湾独立促進会というサイトを運営している。我々の目的を二つに絞れば、日台関係の緊密化と、台湾共和国建国にあると言えるだろう。我々の活動はそれなりの成果を収めてはいるものの、それと同時に足りない部分もある。台湾関係の講演会の参加人数は通常100〜200人程度、最大でも300人程度である。メールマガジン台湾の声の発行部数は8200部。このぐらいの規模の活動の場合、全く無力とはいえないが、かといって国家、社会に対する影響力はやはり限られている。
 日本人の中で、台湾の将来について考える人がどれくらいいるだろうか。本当に適当な憶測になってしまうが、たまにテレビやインターネットを見て関心を持つ程度の人、ビジネスで台湾と交流があって台湾政治についても少し考える機会のある人なども含めれば80人に一人ぐらいはいてもよさそうだ(もちろん適当な憶測である)。80人に一人ということは約160万人である。160万人を最大値と考えて、理想の数字に少しでも近づけるのが望ましい。講演会は地理的、時間的な問題のほかに、相当適度関心が強い人でないと参加しないだろうから数万、数十万規模にまで拡大するのはまず不可能だろうが、メルマガの場合はまたちょっと事情が違う。すでに台湾の声の購読者はあともう一息で購読者数一万に届きそうである。そうなればあと桁をもう一つ増やして10万到達も夢ではない。居住地や休日となる曜日や関心度に関係なく、メルマガの購読は可能だ。購読者数が6桁に達すればそれなりの社会的影響力と注目度を得ることが可能である。
 実際に考えれば考えるほど気が遠くなるような目標である。一人一人の地道な努力につきる。一人の力は微々たる物だが、みんなで力を合わせれば必ずや大きな力となるのである。今、差し当たっての我々の重大な目標の一つに在日台湾人が所有する外国人登録証の国籍記載欄を中国から台湾に変更することが挙げられる。これを実現するためにはやはり数が重要である。5人程度の少人数で法務省前で大声で叫んでも空回りするだけだろう。メールや署名と言った控えめな方法でも数万、数十万、数百万と集まれば国をも動かす巨大な力となり得る。我々日本国内の親台派にはできることとできないことがある。例えば台北市長選挙で緑派を勝たせたくても、我々の力ではどうしようもない。だが外登証問題は実現可能な目標である。ぜひともやりとげようではないか。
 さらに私は「打倒中国共産党」というホームページを運営し、中国共産党の残虐行為や、大紀元が主催する中共脱党運動について紹介している。中国共産党の残虐行為はあまりにも多岐にわたっていて、全てを紹介するのには膨大な資料収集が必要となってくる。私のホームページでは今のところ大紀元の中共脱党運動を紹介するのがメインとなっている状態だ。
 中共の残虐行為で特に今問題となっているのは法輪功学習者に対する生体臓器摘出問題である。大紀元時報は中共の本質を知らせるべく、世界中で精力的に活動を行っており、日本でも地道な活動を行っているが、日本で生体臓器摘出問題を知っている人は百人に一人もいないのではなかろうか。それでも数十万人ぐらいは知っていると考えて間違いない。問題の深刻さからすれば台湾問題以上に関心を持たれてもおかしくないが、日本のテレビ、新聞は中国政府に怯えて及び腰になっていて意図的に事実を隠蔽している。それでも大紀元関係者の地道な努力によってSAPIO、正論、週間ポストなどで取り上げられた実績がある。日本は隣国として、中国共産党が行ってきた世界最悪の人権侵害にもっと関心を持つべきだ。外国のことなので拉致問題ほど関心を持たれないのはやむを得ないにしても、数百万、数千万の日本人が中国共産党の残虐行為を知るべきだ。そうなればかなりの巨大なパワーとなるはずだ。
 そのためにはマスコミの力が不可欠だ。はっきり言って私は日本のマスコミ、特にテレビには強い不信感を持っている。日ごろテレビは毎日のように安倍政権の悪口を言っているが、私は逆に「おまえらメディアとしてきちんとやるべきことをやっているのか!」と叱責してやりたいぐらいだ。
 中国共産党の法輪功、チベット、東トルキスタン、民主活動家に対する迫害、年間8万件の農民暴動が起きるほどの混乱振りなど、中国の現実はまだまだ日本に知らされていない。なぜか遠く離れたイスラエルやイラクやレバノンの混乱した情勢は随時報道されるのに、日本人がより関心を持っているはずの中国情勢に関しては(情報そのものは豊富だが)、意図的にポジティブな情報ばかりが報道されている。中国の真実を一人でも多くの日本人に伝えていかなければならない。

 

     

 

 

 

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