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台湾総統選挙とは
台湾総統選挙は正式名称は中華民国総統、副総統選挙といい、台湾の国家元首である総統と副総統を同時に選出するものである。今年3月22日に行われ、12回目となる。
立候補者
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所属政党
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総統候補
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副総統候補
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民主進歩党
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謝長廷
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蘇貞昌
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中国国民党
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馬英九
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粛万長
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中央選挙委員会公告
過去の総統選挙
名目上は中華民国の元首を選出する形式となっており、実際に第一回目の1948年は中国で行われているが、翌年に中華民国政府が中国から撤退し台湾に亡命したため、1954年の第2回総統選挙は台湾で行われている。1948年から1990年までは総統の任期は6年で、国民代表大会の議員の投票による間接選挙方式がとられていた。しかし国民代表大会議員は1949年の中華民国政府台湾移転によって選出できなくなってしまったため、1991年まで無期限で任期延長されるという異常な状態が続いた。
第2回〜第8回総統選挙当選者
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回
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年
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総統
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副総統
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政党
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第2回
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1954年
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蒋介石
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李宗仁
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中国国民党
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第3回
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1960年
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蒋介石
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陳誠
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中国国民党
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第4回
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1966年
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蒋介石
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陳誠
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中国国民党
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第5回
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1972年
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蒋介石
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厳家淦
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中国国民党
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第6回
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1978年
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蒋経国
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厳家淦
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中国国民党
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第7回
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1984年
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蒋経国
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謝東閔
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中国国民党
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第8回
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1990年
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李登輝
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李登輝
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中国国民党
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現在の総統選挙
1988年に就任した李登輝総統のもとで、台湾の民主化が急速に進み、国民代表大会、立法委員(国会に相当)、地方の首長、地方議員などが民主的な選挙で選出されるようになった。そして1996年の第9回総統選挙から国民の直接選挙によって国家元首を選ぶようになったのである。
現在の制度では台湾の総統の任期は4年で、1回のみ再選が可能、三選は禁止されている。被選挙権は40歳以上。総統と副総統が統一候補となり、同時に選出されるしくみとなっている。
1996年総統選挙結果
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政党
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総統候補
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副総統候補
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得票数
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得票率
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中国国民党
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李登輝
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連戦
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5,813,699
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54.0%
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民主進歩党
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彭明敏
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謝長廷
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2,274,586
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21.1%
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無所属
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林洋港
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?柏村
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1,603,790
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14.9%
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無所属
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陳履安
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王清峰
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1,074,044
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9.98%
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| 台湾初の総統直接選挙。台湾の民主化を押しすすめ、幅広い層からの支持を集めた李登輝(中国国民党)が圧勝。直前に中国が台湾近海でミサイル演習を行い、これに対しアメリカ第7艦隊が空母を派遣するなど、緊張が高まった。次期総統候補として立候補している謝長廷は1996年の選挙では副総統候補として立候補している。 |
2000年総統選挙結果
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政党
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総統候補
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副総統候補
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得票数
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得票率
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民主進歩党
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陳水扁
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呂秀蓮
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4,977,737
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39.3%
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中国国民党
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宋楚瑜
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張昭雄
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4,664,932
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36.8 %
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連戦
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蕭万長
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2,925,513
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23.1%
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許信良
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朱恵良
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79,429
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0.63%
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新党
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李敖
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馮滬祥
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16,782
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0.13%
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| 当初は国民党から分裂して無所属で立候補していた宋楚瑜が圧倒的に有利な情勢であったが、汚職疑惑により支持率を急落させ、有力3候補による混戦となった。最終的に陳水扁(民主進歩党)が当選し、台湾史上初の政権交代が実現した。国民党の連戦は得票率22%に留まる惨敗。当時現職であった李登輝氏は責任を追及され、国民党主席を辞任に追い込まれた。無所属で立候補して善戦した宋楚瑜はその後、親民党を結党する。 |
2004年総統選挙結果
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政党
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総統候補
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副総統候補
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得票数
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得票率
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民主進歩党
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陳水扁
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呂秀蓮
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6,471,970
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50.11%
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中国国民党
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連戦
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宋楚瑜
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6,442,452
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49.89%
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| 立候補が二組しかなく、与野党の一騎打ちとなる。野党側は国民党から連戦が総統候補、親民党から宋楚瑜が副総統候補として立候補した。台湾団結連盟は与党民進党の候補を支持、さらに李登輝前総統も民進党候補を支持した。総統選前日に陳水扁総統が銃撃されるという事件も勃発。選挙結果は史上まれに見る僅差で現職の陳水扁・呂秀蓮ペアの勝利となった。この結果に不服な国民党支持者は首都台北市で暴動を起こすに至った。連戦は2回続けて落選したことから連戦連敗の異名をとることとなった。 |
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